1397年(応永4年)室町幕府第三代将軍の足利義満
が西園寺を譲り受け、北山山荘として改築しました。
当時は「北山殿」と呼ばれ、その邸宅は御所に匹敵する
程の 規模を誇り、政治の中枢として政務を司っていました。
義満の死後北山殿は解体されましたが、遺言により
鹿苑寺という称号の禅寺として開山しました。
「金閣寺」という名称は、その名の通り金箔を施した
三層の舎利殿といわれる建物が由来になっています。
三層とも異なった様式を採用しており金箔は二層と
三層のみに貼られています。
そして、こけら葺きの屋根には鳳凰が飾られています。
1950年(昭和25年)当時21歳の学僧の放火により炎上
全焼してしまい国宝の足利義満像も消失してしまいました。
今の金閣は1955年(昭和30年)に消失前の建物の
資料などを参考にして再建されたものです。
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